『クラスだより 1年生』
柔らかなきゃしゃな手に、土の塊が大切に握られていました。
「先生、これ。」白い息をふるえるように吐きながらも、自慢げな目は私を見つめます。
「○○君、おはようございます」という決まり切った言葉と握手など、
そこに入り込む隙はありません。
キラリ。土塊が輝きました。「あ!」
「霜柱!学校に来る途中で見つけてん。」
よく見ると、土塊のそこかしこに氷の粒が見えます。
もしかしたら、この氷を「霜柱」だと勘違いしたのかもしれない・・・と思いながらも、私は嬉しくて、他の子どもたちを集めて、その塊を見せて、触らせました。
というのも、一月のライゲンに「霜柱」という言葉が何度も出てきていたのです。
「外界とまだ一体」とされるこの年齢で、四季の巡りを、どっぷり浸かりながら感じ、
味わってほしいと思いながら、この1年、季節のライゲンを行ってきました。
大真面目で、「環境教育」や「ESD(持続可能な発展のための教育)」の一環だと考えています。ライゲンに関わって、子どもたちは色々なものを学校に持ち込んできます。
しかし「霜柱」を持ってくるとは・・・。
1月のライゲンを始めて、「霜柱」を知らない子どもが多いと思った私は新潟での自分の体験を語りました。霜柱を見つけ、わくわくしながらザクザク踏みつけるあの何とも言えむ感触・・・。私は昔から大好きでした。
その話を覚えていた子どもたちは、「踏んでみたい!」の大合唱。けれども、「疑似体験」ではなく「地(じ)のもの」を踏んでほしいと思った私は、それを制しました。「今、中途半端な体験をするより、ずっと後でもいいので本物との出会いを待って、味わってほしい。地を持ち上げたその柱を踏んで、私の描写を聞いた時のイメージがほんのり浮かべば、いや浮かばなくとも・・・。」
その気持ちを感じ取ったのかどうなのか、翌朝、同じ男の子の手には、手のひらより大きな霜柱の塊が載っていました。まるで水晶をびっしり整列させたような、まさに霜柱の見本でした。再び他の子どもたちを集めました。ため息が出るほどの美しさです。そしてやはり、子どもたちの中には、あの、抑えがたい欲求が・・・。
もちろん、一人もそこで踏ませはしませんでしたよ。
<<2011年3月プラネッツより抜粋>>